ぐ戒

ラーメンを煮込んで作っていたけどスープは後回しにしたしカップラーメンの容器は小物入れになる夢を見た。こないだ一回ラーメン作っただけでこんな夢見るのかわいいんだが、これは潜在的には料理に興味があるということなのか、それともただ威張っているだけなのか。あと森と建物がくっついた夢と、曇った貧しい街の断片を見る夢を見たけど詳しく思い出せない。断片の夢っていうか夢の断片しか思い出せないだけだな。起き抜けにはチケットを買い逃す夢を見た。ぐっすり寝た反動からかほとんど思い出せなかった、チケットを買い逃す夢ってなんだ、ごくありふれた出来事じゃん。
インターネットでは日々いろんなキャラが生まれては消えていくものだとは思うが、企業の広告キャラがスパッとやめることにずいぶんと抗議の声が上がっていた。いっそ潔いのでは、とも思ったがそうじゃないらしく、サービスをやめるから消えるんじゃなくていわゆる中のひとが退職するから消してしまおうという話だった。確認してみるとえらくキャラが立っていて、なんちゃら姉さんと呼ばれるほどの認知度があったみたいだ。個性が強過ぎるから消さざるを得ないということもあるんだろうか、いずれにせよサポート情報なども発信していたみたいなので消しちゃったら不便というのは分かる、分かるがキャラが立ち過ぎてるとこうなっちゃうという実例なのかもしれない。あとはなんか太鼓の達人の太鼓が盗まれるという結構豪快な事件が発生していた、「太鼓が盗まれた事件」って冷静に書かれると江戸っぽいよな。まあ愛知県北名古屋市だけ江戸時代で、太鼓を叩くことが農業を盛り上げたりしている可能性もある。とにかく太鼓の達人というゲームについて記事で事細かに説明されているのだが、「太鼓の達人」っていうゲームの存在が前提になければすごく変な文だし、ひょっとしたら物理的存在としては面白いゲームなのかもしれない。だって太鼓でしょ、今カジュアルに太鼓叩ける場所ってほとんどないじゃん。あいつらも盗んだ太鼓を自宅の納屋で叩いてたときめっちゃ興奮したのかな。
今日はガレージに行って明治の本を一冊買ってきた、ちょうど明治の本を読み終えたところで出会えるもんだなあ。今まで読んでた明治の本はインターネットの知り合いが書いていた本だからことさら記憶に残っている、ということも理由としてはあるけど、そもそも明治の本は国文研の安い本を買い漁ったり明治文学全集が何冊かあるので、こういう欲求は今に始まったことではないんだよな。ただ、根っからの天邪鬼なのでメインストリームの小説とかは読みたくねえという気持ちが大いにあるんだが。それとマンションにも行ったけど、連休明けだっていうのに閉まっていた、連休だからなのかもしれない、よく分からない。帰宅後は正規表現に何らかの間違いがあって正しく動かない、がプログラムというやつがどうも分からず、いつも力業でやっているため今回も原因がストレートには理解できず、調べまくって訂正していたら今度は時間がなくなったという感じで急いでコーヒーを作ったりしていた。
夕飯のときにテレビを見ているのはいつものことなんだけど、そのニュースで「働くとご飯がおいしい、遊んでたらご飯がおいしくない」とか資本主義の奴隷であることを自ら証明するようなふざけた発言をするババアがいたのでイライラした。なんだよお前は、足腰立たなくなったらご飯おいしくなくなるのか? あえて言うなら生活するとご飯がおいしい、ぐらいだろう、これも正解かどうかは分からないが少なくとも社会制度に依存してはいない。労働という社会から与えられた束縛に自ら巻き込まれたらメシがウマいというのはまったく知性を感じない、老人だからしょうがないのかもしれないが、しょうがないならしょうがないなりに自覚して他人に説教せずにおうちで生活でもしてろ。個人的には遊んでたらご飯がおいしいと言いたいね、生活のために労働してたら精神が死滅するんでね。人間は遊ぶために生まれてきたんだから遊ぶっきゃない、高度経済成長で甘い汁を吸ってきたババアの言うことは信じるな。それはNHKのニュースだったんだけど、続けて報じられた食品のニュースで、代替肉のことをフェイクミートと呼んでいた。あれそうだっけ、なんかそれだと悪口みたいなんだけどいいのか、おれが聞いたときはクリーンミートって名前だったはずだが。そのあと、シリコンバレーに集うフェイクミート、みたいな展開になったので普通に笑ってしまった、ポリコレに対する皮肉みたいじゃん、肉だけに皮肉ってね。
セフレこと世界ふれあい街歩きはフィリピンのビガン。スペイン風らしいが街の入り口はフィリピンそのものだったな、セフレ的にそんな場所は興味がないのかもしれんがおれが最も興味を持っている風景はそれなんだ。とりあえず入り口の広場みたいなところからしてスペイン風で、馬車馬の頭に花を刺してあるところがフィリピン風。ダイレクトすぎるだろ。カトリックの大聖堂から石畳の街中へ飛び出すと、金網に囲まれたテントの食堂で肉と米を食うひとたちがいる。南米でもテントに金網は張らないから、これは防犯と言うより犬を防止したり建物感を演出したりしてるんだろうか。割と整備された通りにはお土産店が立ち並び、その中に聖人像だらけの店がある。店主は好みの聖人像を買い集めたり、せっかく買った聖人像に杖がないからといって竹を持たせたりしている、信仰心的にいいんだろうか。次は葬儀屋に入ったんだけど、どう見ても棺桶なのに「大きな箱」とか白々しいことを言うナレーションにちょっと冷めた、フィリピンのひとは天国へ行けることを喜ぶとかなんとか言ってて、だから明るいんだということだが別にバラ色とかではなくて花は白いし馬車もシックだ。で一行はまだ観光地にいて、その中のボロい長屋の上に上がらせてもらう。一階は謎屋さんでマジでボロかったので一瞬ボロ家屋が見られるのかと期待したが、外観とは違ってめちゃめちゃ高そうな内装でビビった。どういう仕組みなんだろう。歴史保存地区だから外側は安易に補修できないってことかな。住んでるババアは戦争で故郷が焼けたとかなんとか言ってた。ここで歴史コーナーになったけど、さっきの長屋はやはり保存された歴史的建造物で当時の面影を残しており、一階はスペイン風で石造、二階はアジア風で木造らしい。一階が石造りのため涼しいのだとか、このへんは東南アジアの民家がタイル張りなのと一緒だな。格子窓にはガラスの代わりに薄く削った貝が嵌め込まれている、これは当時ガラスがなかったからとのことで、外は見えないが直射日光を防止する能力は高いということで、日本で言うところの障子みたいなもんかなと思った。次に町外れへ向かう、ここらは汚くてフィリピン感が存分に楽しめた。工事現場で働くひとたちが飯を食っているが、適当な机に肘をついて立ち食いしていた。しかし地域的には旧市街を離れておらず、この汚い町並みもその一部らしい。次は家具屋へ向かう、入り口からしてとても家具屋というか調度品を扱うような店ではないが、古い木を加工して釘を使わないタンスを作っているとのこと。見た目は結構きれいだったので、なおのこと店をどうにかしろやとは思った。ここから更に街並みがズタボロになってきて、日陰でトランプと麻雀をしているひとたちと接触する。賭博か、おおらかだなと思っていたが、話を聞くと誰かが亡くなったときに近所のひとが集まって金を賭けてカードや麻雀をして、それを集めて香典にすると言っている、すごい価値観だ。まあ葬式そのものが明るいなら葬式の準備も明るいよな、ごもっともな話だ。グルメコーナーでは、ヘルシーな野菜料理に突然、唐揚げが降ってきた!! それで、旧市街を抜ける段取り。商業地区へ向かうとそこはトライシクルだらけだ。トライシクル・リペア・ショップをちょっと覗いてみると、女が出てきてイエスマムと言った、さっきも聞いた気がするし女に対する基本的な挨拶なのか、それともフィリピン特有の挨拶を折れが聞き間違えているだけか。ところでトライシクルの話だが、ビガンでは剥き出しの金属が日差しを反射して危ない、というわけでトライシクルに派手な装飾をするようになったらしい。なんか義務だとも話していたかも。義務ならしょうがないよな、センス皆無のトライシクルをストリートビューでたくさん見るのもそういったわけなのか。そういったわけでダサいトライシクルの持ち主である船乗りがでしゃばってきたんだけど、むちゃくちゃマイトライシクルを自慢してきててビビる。何がどうとは言わないが完全にダサいのに。そのトライシクル・リペア・ショップでは鶏が平然とうろついていたので良かった。その店を出て、ちょっとでかい通りに差し掛かると、看板にジャーとか書いてある。なんだろうと思ったけど、これはお土産シャツ屋とツボ工房を兼ねている店だった。その工房の中は一見もクソも完全に物置小屋にしか見えないが、その中に龍窯と呼ばれるかっこいい焼き窯がある。これは全長五十メートルあるからそう呼ばれるらしく、どういう構造になっているかは不明だが小屋の下からどこかへと伸びていた。そしてまたどこかでニワトリが鳴いている。ちなみに今は普通のツボ作っても売れないからぐにゃぐにゃのツボを作ってるらしい、オブジェにされるんだとか、売れれば良いという考えならたしかにそれが正解だろうな。寄り道コーナーはパオアイ。これぞフィリピンみたいなボロい街並みが見えたが、メインは恐竜みたいな「地震バロック」と呼ばれる建物。なんだかよく分からなかったが、突如建物の形で答えが出てきた。有無を言わさずだ。完全に建物だ。どうやら地震(に強い)バロックって意味だったらしい。そしてすぐにコーナーが終わってしまった、最近寄り道コーナー短いんだよな。街歩きに戻り学校へ侵入、パレードに備えて楽器や踊りの練習をしている。パレードでは鉄筋も演奏するらしい、どうするのかというと、キャスター付きの鉄琴を引きずりながら演奏するというなんのトンチもきいてない答えが返ってきた、力業じゃん。ここで通りに目をやると、先程話題に上がっていた葬式が実例として提示されていた、つまり葬列が通りの真ん中を通っていた。一応悲しげな音楽は流れているんだが、あんなポップのバラードみたいなの流すんだな。安っぽいPVみたいだ。最後一分ぐらいは夜の街だったけど、夜の旧市街より夜の普通の街の方がかっこよかったな。以上です、ビガンはグッド!まだ行ってない東南アジアの街だったのでベスト!