ぐ戒

かねてから申し上げていた通りその日がやってまいりましたので、バイト、辞めました! 特にお得意様から「キミ、今度はウチで……」などと言われることもなく綺麗さっぱり辞めさせられました! 辞めたというとなんかじぶんがプライドを持って辞めたように聞こえるのではっきり辞めさせられたと言おう! 要するに長くいすぎたのでクビです。巻き戻して考えると9年半ぐらい同じバイト先にいたわけで、そういえば未成年の頃から酒屋でバイトしていた訳で、その当時は酒のことを聞かれても未成年だから分かりませんと返答していた訳で、バイトを始めた頃は家でインターネットすらできていなかったような記憶がある、じゃなくて間違いなく出来ていなかった。一番最初のiBookを予約して辺境の地にようやく届いたちょうどその日に自転車パクられですごいブルーだったことぐらいはよく覚えているけどその頃には既に酒屋でバイトしてたのでそう考えると本当に長かったけれども、社長夫人とのいい思い出は一切ございません! パーッと辞めた酒屋の名前を言おうとしたけどそれはおれの自宅住所を言おうとしてるのに等しいので言えないけれどもどのみちかなり経営は傾いてるはずだしいつまでいるんだろうなあと考えてもいたのでいい時期にほったらかされたけど今後の予定はまったくありませんのであしからず。もう一度書いておきますが今仕事はまったくありません!
最後の日までバイト先は驚くほど寒かった、雪が降るんじゃないかみたいな天気予報があって、その通り雪が降って、雪が降るほど気温が低くて、元気に動いてるのは野良犬と自動車だけだというのに店内に暖房は一切かかっておらず、店の冷蔵庫を開けるとほのかに温かいという有様だった。ファック。冬に入ってから一度も暖房を付けてない、寒かったらストーブ付けろみたいなこと言われてるし、なんで客に寒い思いさせたまま店員がストーブで暖をとるんだよと思っているし何より灯油のある場所が母を訪ねるぐらい遠くてめんどくさい場所なのでストーブを使わずにいたら帰る直前になってようやく暖房が付いた。これは嫌味というより素直に、夫人が温まりたいという素晴らしい発想から出た錆だ。
栞としていろいろ書いておけば、最後にやった重い仕事は正月の酒使い回しのための運搬および破壊工作で、最後の客は男女の二人連れで4500円ほど買い物していっぱいになった買い物袋を手に女の人が「おい! 荷物! 男! 持つ!」と、明らかに日本人なのにカタコトで命令している客だった。それで一応、おれは言うつもりがなかったんだけど、家族全員から絶対に「お世話になりました」は言えと釘を刺されていたのでまあ言ったんだけど、他のバイトのおっさんやらに挨拶したくとも夜だから帰るときには夫人しかいないし、(お世話になってないけどな!! と念じつつ)お世話になりましたと夫人に言っても客への態度と全然違う疲れた応対でハイハイ、こちらこそ、ハイいらっしゃいませーとかだし、こういう部分がいちいち尊敬できない部分なんだけどそれは結局最後まで治ってなかった。
その他のことと云えば、なんだこの云々の云うが変換されるのはなんだ、その他のことは、朝が来て、またも床で目が覚めた。どうも床で寝ると極端に調子がいいか極端に調子が悪いかの二択を迫られることになるので随分とギャンブルな気がする。しかも床は基本的に温かい方の床なので全体的に身体がほてってるし有閑マダムの気怠い午後みたいな感じ。おれが有閑マダムだと思っていたひとはもう70才なんだそうだ。それで何もしなくても身体がホカホカしてるような状態だったのにも関わらずコーヒー牛乳を飲むと一瞬で身体が冷えて胃が海洋生物のように冷たさでキリキリし始めた。海洋生物って一度しかなったことないからよくわからないけど。しかもこないだ買ったインドのやつ、読み込む際になんかパソコンの中でギュルギュル鳴ってたような記憶があったが、案の定というか期待していない結果として音がバリバリ飛んでたので読み込み直しとかしてるうちにバイトの時間になったのであった。
バイトが終わってからはしばらくは余韻に、夫人の声や姿をうまく脳内の映像から切り抜いた上で深い余韻に浸り、ポケットに詰め込んできた私物をバラバラ床に落としたりもした。まあ私物と言っても数年前の本生ドラフトの赤ペンセットなんだけど、このうちの一本がひどくツボ押しに向いているのでぜひとも取って来なくてはならないのだった。まあだからペンが赤であるとかそういうことは比較的どうでも良かったし一本だけ抜き取って他は現地に残しておいても良かったんだけどどうせ残しておいても使うのはアイツとアイツに決まってるのでけがされる前に回収しておいたワケだ。ヒィッ、ワケがカタカナになった! ジェーポップの呪いや!
まあしばらくはこれでバイト先に顔を見せることもないので、バイト先で買った菓子なんか食う時も若干感傷的になったが、10分ほどで完全に菓子の甘さが感傷をひねり潰した。それより箱ワインがもうなくなるという事実の方が怖い。